高校の教壇を降りて
塾長はもともと高校の教員でした。教室の前に立って四十人に向かって話していると、どうしても手の届かない子がいる。分かっていない顔をしているのに、時間が来れば次へ進んでしまう。それが心残りで、1998年に学校を辞め、この塾を始めました。だから最初から「2人まで」でした。
持っている資格は高等学校教諭一種免許(数学)です。教員だったころの癖で、いまも答案を見るのが一番の仕事だと思っています。全員分を毎週見るには、この人数が限界です。
1998年、沼津市で始めました。やっていることは、あのころとほとんど変わっていません。
個人でやっている小さな塾です。講師は塾長を含めて5名、生徒は約40名。中学生が9割で、近隣3校から自転車で通ってきます。大きくする話はこれまで何度かありましたが、そのたびに見送ってきました。
塾長はもともと高校の教員でした。教室の前に立って四十人に向かって話していると、どうしても手の届かない子がいる。分かっていない顔をしているのに、時間が来れば次へ進んでしまう。それが心残りで、1998年に学校を辞め、この塾を始めました。だから最初から「2人まで」でした。
持っている資格は高等学校教諭一種免許(数学)です。教員だったころの癖で、いまも答案を見るのが一番の仕事だと思っています。全員分を毎週見るには、この人数が限界です。
1人の講師が同時に見るのは2人までです。1998年の開設から26年、この上限は一度も崩していません。守るということは、席が埋まれば空きが出ないということでもあります。お待たせすることがありますが、人数を増やして受け入れることはしません。
良いことばかりではありませんでした。書いておいたほうがよいと思うことを残します。
集団授業では手が届かない生徒がいる。その一点で教壇を降り、沼津市で個別指導を始めました。開設のときから、講師1人に生徒2人までと決めています。
生徒が増えた年も、減った年も、2人までという上限は変えませんでした。ここを緩めれば、答案を全員分見ることができなくなります。
近くに大手の塾ができ、生徒が15名まで減りました。人数を増やす方向には動かず、通ってくれている子の答案を見続けることだけを続け、2年かけて元に戻しました。
中学生が9割、近隣3校から自転車で通ってきます。社会人講師のうち2名は在籍10年以上です。
講師は塾長を含めて5名。社会人講師のうち2名は在籍10年以上です。毎年顔ぶれが変わる塾ではないので、去年教わった講師に今年も続けて見てもらう、ということができます。